傳通院( 伝通院 )は、応永22年(1415)、浄土宗第七祖了誉が開山したお寺です。当時は小石川極楽水(現在の小石川4丁目15番)の小さな草庵で、無量山寿経寺という名で開創されました。 | |
西蓮社了誉聖冏上人聖冏上人当時の浄土宗は、「寓宗」「附庸宗」と呼ばれ、未だ独立した宗として認められてはいなかった。それを嘆かれた聖冏上人は伝法を確立し、現在の浄土宗の基礎を築いた。晩年、弟子の聖聡上人(増上寺開山)の請いにより小石川に草庵を結んで移り住み、念仏教化の日々をお過ごしになられ、応永27年(1420)9月27日、80歳でご往生された。上人は額に「三日月」の相があったという言い伝えから「繊月禅師」とも称され、「繊月会館」の名称は聖冏上人の遺徳を現代に顕彰するために命名された。 | ![]() |
於大の方於大の方は享禄元年(1528)、三河刈屋城主水野忠政の娘として生まれ、天文10年(1541)、当時では武士の権力の取り引きとして通常に行われていた攻略結婚により、岡崎城主松平広忠と結婚し、翌年男子をを出産しました。これが竹千代、後の徳川家康となる。夫の久松俊勝逝去の後は髪をおろし「傳通院」と号した。家康の天下統一を見て、慶長7年(1602)月29日、家康の滞在する伏見城にて逝去。 | |
伝通院の繊月会館 繊月会館は平成9年に完成した多目的な檀信徒会館です。繊月会館の名前は、開山「繊月禅師聖冏大和尚」の名に因んだもので、開山上人の遺徳鑽仰と建学布教の意に基づいて、新世紀に対応した教化活動の道場として建立されました。 。休館日 斎場としてのご利用は原則仏教徒とし、宗旨・宗派を問いませんが、当会館の判断のよりご利用をお断りする場合がございますので御了承ください。 |
|
|
|
|
浄土宗の教え 浄土宗は、 法然上人は、今から約860年前(1133)に現在の岡山県(当時の |
浄土宗の焼香マナー
|








